クロスセルは、商売でいちばん取りこぼされやすい利益です。
目の前のお客様は、もう買うと決めています。財布も、気持ちも、開いています。その人に、本当に必要な、ついでの一品を差し出すだけで、売上は変わります。新しいお客様を一人連れてくる手間も、費用も、いりません。
なのに、多くの人が、これをやりません。「ご一緒にいかがですか」のひと言が、押しつけがましく思えて、言えないからです。あるいは逆に、あれもこれもと並べて、お客様に逃げられます。
クロスセルは、強力です。でも、両刃です。使い方ひとつで、お客様に感謝される親切にもなれば、二度と来てもらえない押し売りにもなります。この記事では、その分かれ目を、図にして、はっきりさせます。
クロスセルとは
クロスセルとは、買おうとしている、あるいは買ってくれたお客様に、関連するものを一緒に勧めることです。ハンバーガーに、ポテト。新車に、オプションやコーティング。パソコンに、マウスやモニター。通販サイトで「この商品と一緒に買われています」と出てくる、あれもそうです。
似た言葉に、アップセルがあります。こちらは、同じものの、ひとつ上のグレードを勧めること。上に行くのがアップセル、横に広げるのがクロスセル、と覚えておくと、混ざりません。
まず、数字で見る
クロスセルの力は、数字にすると、はっきりします。
たとえば、一日に百人が来て、平均で千円使う店があるとします。売上は、一日十万円です。ここで、三人に一人に、五百円の関連品が売れたとします。それだけで、一日に一万六千円ほど、増えます。月にすれば、五十万円近い差です。
しかも、この上乗せには、新しいお客様を呼ぶ費用が、かかっていません。広告も、集客も、いりません。すでに来ている人に、必要なものを一つ添えただけです。だから、増えた分は、ほとんどそのまま、利益に近い形で残ります。
同じ客数でも、ここまで変わります。これが、クロスセルの力です。
良いクロスセルの「構造」
では、何を勧めればいいのか。ここには、はっきりした構造があります。
中心にあるのは、主役の商品です。お客様が、もう買うと決めたもの。良いクロスセルは、その主役を、ちゃんと使えるようにする、完成させる一品です。
キャンプを思い浮かべてください。主役は、テントです。でも、テントだけでは、泊まれません。寝袋も、ランタンも、地面に留めるペグも要ります。マットも、電池も要ります。あれも、これも、必要になります。だから、お店は、それらを、キャンプ用品のコーナーに、ひとまとめにしています。
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この「ひとまとめ」が、良いクロスセルの正体です。お店は、テントを買う人が、次に何で困るかを、知っています。だから、関連するものを、すぐ手の届くところに、並べておきます。お客様は、棚を見て回るだけで、「ああ、これも要るな」と気づけます。これは、押し売りではありません。完成までの道のりを、目に見えるようにしてあげる、親切な並べ方です。
逆に、もし、これらが商品名のあいうえお順に、店じゅうへばらばらに置かれていたら、どうでしょうか。お客様は、何が必要なのか、見えません。テントは買えても、ペグを買い忘れて、現地で立てられません。良いクロスセルと、ただ並べただけの差は、ここにあります。関係のあるものが、まとまっているか。それとも、関係なく、ただ名前の順に並んでいるか。それだけです。
見分け方は、たったひとつ
勧めるか、引くか。迷ったら、ひとつだけ、自分に聞いてみてください。
「これがなくて、お客様は、あとで困るだろうか」
困るなら、それは、主役を完成させる一品です。教えてあげるのが、親切です。困らないなら、それは、ただの押し売りです。黙って、引きます。これを一つ聞いてみるだけで、感謝されるクロスセルと、嫌われるクロスセルは、きれいに分かれます。
「あれもこれも」は、毒になる
ここで、いちばん多い失敗を、はっきり言います。欲ばって、数を勧めることです。
ひとつ、的を射た一品は、親切です。けれど、そのあとに二つ、三つと重ねた瞬間、毒に変わります。お客様の頭に、こう浮かぶからです。「結局、売りたいだけか」。そして、恐ろしいことに、さっきの良い一品まで、その色に染まります。ひとつの的確な提案が、五つの提案に、殺されるんです。
だから、勧めるのは、ひとつ。多くて、ふたつ。あとは、ぐっと引きます。この引き算ができるかどうか。クロスセルの上手い下手は、足し算ではなく、引き算で決まります。
いつ、言うか
言うなら、お客様が主役を決めた、その瞬間です。買うものが決まったとき、関連する必要は、いちばんはっきり見えています。テントを選んだ、まさにそのとき、一緒に使う道具の話は、自然につながります。後日、別の機会に言われても、もう遅いんです。完成の一品は、主役が決まった、その流れの中でしか、すっと収まりません。
必要は、つくらず、気づかせる
最後に、いちばん大事な一線を引きます。
良いクロスセルは、必要を、ありもしないところに作りません。もともとあった必要に、お客様より一歩早く、気づかせるだけです。テントを買う人に、ペグや寝袋がいるのは、もとからの事実です。それを、現地で困る前に、先に教えます。これは、親切です。
一方、要らないものを「要りますよ」と思い込ませるのは、操作です。同じ「気づかせる」でも、ありもしない必要をでっち上げるのか、もとからある必要を、先に教えてあげるのか。ここで、親切と操作は、はっきり分かれます。
クロスセルを、お客様のための目配りにするか、自分のための手口にするか。決めるのは、いつも、あなたです。