毎日、まじめに書いているのに、読まれない——理由は、たいてい、ひとつです。書いてあることが、よそと、同じだからです。
ネットで調べれば出てくることを、きれいにまとめ直しただけ。それなら、人は、わざわざあなたのところへ来て、読む必要がありません。同じ中身が、すでに、よそにあるからです。
読まれる文章と、読まれない文章。その差は、調べる力でも、知識の量でもありません。その事実を、あなたが、どう見たか。あなたの考えと、経験が、そこに入っているか。差は、それだけです。
事実だけなら、誰にでも書ける
事実を並べるだけなら、調べれば、誰にでもできます。でも、事実だけの文章は、教科書に似ています。正しくても、固くて、読んでいて、心が動きません。
分からなくて検索した人に、教科書のように難しく書いても、読まれません。その人が知りたいのは、整理された事実ではなく、それを通り抜けた人の、生きた言葉のほうです。
人が読みたいのは、平均点ではなく、一人の声
お腹がすいて、店を探すとき。あなたは、たぶん、グーグルマップか、食べログを開きます。そして、まず、星の数を見ます。なんとなく良さそうだと思えば、行ってみる——よく、やりますよね。
でも、あの星の平均点は、知らない人たちの評価を、ぜんぶ足して、ならしたものです。いわば、その店の「評判」。あなたが本当に探しているのは、その奥では、ありませんか。なぜ、この人は、星五つをつけたのか。なぜ、あの人は、星二つだったのか。——その、一つひとつの理由のほうです。
しかも、いまは、なおさらです。検索すれば、AIが、あちこちの評判を、きれいに要約してくれます。平均点なら、機械が、いくらでも出してくれます。だからこそ、人は、その逆を、求めはじめています。要約された大勢の声より、本当にそこへ行った、一人の感想。あなたが読みたいのも、そちらでは、ありませんか。
文章も、まったく同じです。読み手が知りたいのは、ならされた事実ではなく、一人の、生きた言葉のほうです。同じ事実に、あなたが、どう思ったか。どんな言葉を選んだか。価値は、そこにあります。
それに、こういうことも、あります。まだ、その店に行っていない人は、星を、つけられません。行って、食べて、はじめて、書けることがあります。文章も、そうです。借りものの事実を並べているうちは、あなたの星は、まだ、ついていません。あなたが、その事実を実際に通って、何かを感じて、はじめて、あなたにしか書けない一行が、生まれます。
ひとつだけ、気をつけることがあります。自分の感想を入れる、といっても、事実と、意見を、混ぜてはいけません。「ここまでが、調べたこと。ここからが、私が感じたこと」。その線が見えるほど、あなたの言葉は、かえって、信用されます。
たった一人に向けて書く
みんなに読まれようとすると、たいてい、誰にも、刺さりません。的を広げるほど、言葉は、ぼやけるからです。
だから、たった一人を、決めて書きます。たとえば、いまのこの文章は、世間のすべての人に、向いてはいません。「まじめに書いているのに、読まれない」と悩んでいる、その一人に、向けて書いています。だから、当てはまらない人は、途中で離れます。でも、当てはまる人は、ここまで、読んでくれています。
一人に深く届く言葉は、同じ悩みを持つ、たくさんの人に、届きます。みんなに向けた、当たりさわりのない言葉より、ずっと遠くまで、届くんです。
そして、その一人を本気で思って書いた文章には、あなたの熱が、にじみます。理屈では、隠せません。読み手は、その温度を、ちゃんと感じ取ります。見た目が多少ぶかっこうでも、心のこもった言葉は、最後まで読まれます。逆に、心のない、きれいなだけの文章は、途中で閉じられます。
事実に、声で、突っ込んでみる
ここが、この記事で、いちばん大事なところです。自分の見方を、どうやって文章に載せるか。答えは、シンプルです。集めた事実に、声で、突っ込むんです。
たとえば、「メールは短いほうが、返信が早い」という事実を、見つけたとします。そのまま書けば、ただの事実です。退屈です。でも、その事実に、声で、話しかけてみます。
「本当に、そうかな。短くしすぎて、用件が伝わらなかったら、かえって、やりとりが増えるけど」
「そういえば前に、一行で送って、『これ、どういうこと』と、聞き返されたな」
「だったら、大事なのは、短さじゃなくて、一度で伝わることなんじゃないか」
この、声に出した突っ込みが、そのまま、あなたの言葉になります。ひとつの事実に、あなたの疑いと、経験と、言い直しが、くっつきます。気づけば、よそにはない文章に、なっています。これが、独自性です。たいそうな技術では、ありません。集めた事実に、自分の声を、かぶせるだけです。
声に出す、というのが、こつです。頭の中だけで考えると、言葉は、きれいに整いすぎます。口から出た言葉のほうが、あなたの、本当の調子に、近いんです。その調子こそが、あなたにしか出せない、独自性の正体です。
突っ込みの、口火の切り方
何から言えばいいか、迷ったら、この出だしを、借りてください。一つ使えば、あとは、あなたの言葉が、ひとりでに、続きます。
- 「本当に、そうかな」——まず、疑ってみる
- 「一見、そう見える。でも」——裏を、返してみる
- 「私は、ずっと==だと思っていた。ところが」——自分の思い込みから、入る
- 「==と言われがちだけど」——世間の常識を、いったん、脇に置く
- 「自分の場合は、こうだった」——自分の経験を、ぶつける
どんな事実でも、声をかぶせれば、変わる
| 事実だけ(退屈) | 声を、かぶせると(あなたの記事) |
|---|---|
| 朝型のほうが、生産性が高いそうだ。 | 「本当に? 自分は夜のほうが、はかどる。要は、朝か夜かじゃなくて、自分のリズムなんじゃないか」 |
| 名刺は、両手で受け取るのがマナー。 | 「とは言うけど、片手でさっと受けて、すぐ相手の目を見て話した人のほうが、印象に残ったけどな」 |
左は、誰が書いても、同じです。右は、あなたにしか、書けません。読まれるのは、いつも、右のほうです。
読み手の「でも」を、先回りする
事実に、あなたが突っ込んだら、今度は、逆の番です。読み手のほうが、あなたの文章に、突っ込みたくなります。それを、先回りします。
人は、読みながら、ずっと、心の中で、合いの手を入れています。「それ、こういう場合は違うよね」「ここ、よく分からない」。この引っかかりが、一つでも出た瞬間——読む流れは、止まります。最悪、そっとページを閉じて、別のところへ、行ってしまいます。そして、一度閉じた人は、もう、戻ってきません。
だから、書きながら、読み手に、なりきります。一文ごとに、相手の顔を、思い浮かべるんです。
- ここで、こう思うんじゃないか
- この話は、こういう順で出したほうが、分かりやすいんじゃないか
- ここは、「でも、それって」と、反論が来そうだ
こう先読みして、相手が口を開く前に、こちらから、答えておきます。すると読み手は、つまずく場所が、ありません。考える前に、もう、腑に落ちています。流れるように最後まで読んで、気づけば、深く、うなずいています。
ひとつ、よく効く手があります。むずかしいことほど、誰もが知っている例えに、置き換えるんです。相手に、考える負担を、かけません。それが、いちばんの、もてなしです。
事実は、誰にでも書けます。でも、その事実を、あなたがどう見たかは、あなたにしか書けません。そこだけは、どんなにうまい人にも、機械にも、まねできません。だから、まず、事実のとなりに、あなたの言葉を、一行、置いてみてください。読まれる文章は、たいてい、その一行から、始まっています。