PDCAは、デミングが作った。 そう説明されることが、よくあります。
計画し、実行し、評価し、改善する。この四段階を、品質管理の父と呼ばれるW・エドワーズ・デミングが提唱した、と。多くのビジネス書に、そう書いてあります。
ところが、当のデミングは、PDCAを、自分のものとは認めていませんでした。 それどころか、晩年には、はっきりと退けています。
何が起きていたのか。順を追って、見ていきます。
はじまりは、シューハートだった
PDCAの原型を作ったのは、デミングではありません。彼の師である、ウォルター・シューハート(Walter Shewhart)です。
シューハートは、ベル研究所の物理学者でした。一九三九年の著書で、品質管理の工程を、次の三段階として示しました。
| 英語 | カタカナ | 日本語 |
|---|---|---|
| Specification | スペシフィケーション | 仕様 |
| Production | プロダクション | 生産 |
| Inspection | インスペクション | 検査 |
そして、この三段階を、まっすぐ並べるのではなく、円環として回すべきだ、と考えました。
シューハートは、こう書いています。この三段階は、科学の方法そのものだ、と。仕様を決めることは、仮説を立てること。生産することは、実験すること。検査することは、仮説を検証すること。三つを回し続けることが、知識を得ていく、動的な科学のプロセスなのだ、と。
ここが、出発点です。 品質管理の根っこには、科学の方法──仮説を立て、試し、確かめ、学ぶ、という考え方があった。
デミングは、このシューハートの考えを、間近で受け継いでいます。三十九歳のとき、シューハートが農務省で行った講義を編集し、それが一九三九年の本のもとになりました。師の思想を、誰よりも近くで見ていた人物です。
デミングが日本で示したもの
一九五〇年、デミングは日本へ渡り、日本科学技術連盟(日科技連)の招きで、八日間のセミナーを行いました。
このとき、デミングが示したのは、シューハートの考えを発展させた、四段階のサイクルでした。
| 英語 | カタカナ | 日本語 |
|---|---|---|
| Design | デザイン | 設計 |
| Production | プロダクション | 生産 |
| Sales | セールス | 販売 |
| Research | リサーチ | 研究 |
製品とサービスの品質を目的に、この四つを絶えず回し続ける。デミングは、四つの段階が、たえず影響し合うことを強調しました。これは、後に、デミング・ホイール、あるいはデミング・サイクルと呼ばれます。
具体的には、こういう流れです。
- 製品を設計する(適切な試験とともに)。
- 製品を作り、生産ラインと研究室で試験する。
- 製品を売る。
- 製品を使用の中で試験し、市場調査を通じて、利用者がどう考えるか、なぜ買わない人がいるのかを知る。
ここで、注意してください。 このとき、デミングが示したのは、Plan、Do、Check、Act ではありません。 設計、生産、販売、研究という、製品づくりの現場の言葉でした。
「計画」「実行」「評価」「改善」のような、どんな仕事にも当てはまる抽象的な言葉ではない。何をする段階か、一目で分かる、具体的な言葉です。そして、Check という言葉は、どこにも出てきません。
同じ言葉でも、受け取る意味は違う
ここで、少し回り道をします。 でも、この回り道が、いちばん大事なところです。
デミングが示した四段階を、もう一度見てください。 デザイン、セールス、リサーチ。
たとえば、デザイン。日本語に訳せば「設計」です。直訳すれば、そうかもしれない。でも、私たちがデザインと聞いたとき、思い浮かべるのは、設計図を引くことだけでしょうか。なんとなく、いいものを作る、美しく仕上げる、という感じも、混じってこないでしょうか。
セールスは、どうでしょう。日本語なら「販売」、売ること。でも、セールスと聞いて、押し売り、という響きを感じる人もいる。ただ売りつけたいだけ、という顔を思い浮かべる人もいる。一方で、ただ商品を届けること、と中立に受け取る人もいる。
同じ言葉でも、受け取る人によって、浮かぶものが違います。 日本人同士でも、これだけ違う。
では、国が変わり、言葉が変わったら、受け取り方は、どう変わるのか。 それは、私たちにも、想像がつきません。 よほど深く理解し合わない限り、他人の心は、見えないものです。
このことを、頭の片隅に置いて、先へ進みます。
デミングは、Studyへと進んでいた
一九五〇年に四段階を示してから、三十年以上が経った、一九八〇年代。デミングは、アメリカで開いた四日間のセミナーで、自分のサイクルを、改めて示します。
ここで、一つ、はっきりさせておきます。 このとき、デミングは、もう「計画・実行・研究・改善」という、学習のためのサイクルを、自分の中に持っていました。彼自身、この最新版は、一九五〇年版から直接つながっている、と語っています。一九九三年に、それを PDSA(Plan-Do-Study-Act)という名前で整理しますが、突然それが現れたのではありません。八〇年代には、すでに、構想として、あったのです。
そして、彼は、ある言葉を、はっきりと嫌っていました。 Check です。
デミングは、聴衆に、たびたび注意を促していました。plan-do-check-act という形は、不正確だ、と。なぜなら、英語の check には、「食い止める(hold back)」という意味があるからです。
合っているか、間違っているか。できたか、できなかったか。そこで判定して、止めてしまう。デミングが目指したのは、それではありませんでした。
彼にとって、四段階は、判定の手続きではなく、学習の手続きでした。
| 段階 | デミングにとっての意味 |
|---|---|
| Plan(計画) | これをやれば、こうなるはず、という予測を立てる |
| Do(実行) | その予測を確かめるための、実験を行う |
| Study(研究) | 結果を、立てた予測と照らし合わせ、研究する |
| Act(改善) | 学びを受けて、採用するか、捨てるか、もう一度回すかを決める |
結果を判定して終わるのではない。 なぜそうなったのかを研究し、予測を見直し、次の知識を築いていく。 デミングのサイクルは、最初から最後まで、学ぶためのものでした。
デミングが見たのは、「check」という一語だった
ここで、思い出してください。 他人の心は、見えない。同じ言葉でも、受け取る意味は違う。
デミングが見たのは、日本語のPDCAではありません。 日本で生まれたものが、英語に訳された、plan-do-check-act という、文字でした。
日本の現場で、その四段階に、どんな意味が込められていたのか。どう使われ、何を大事にしていたのか。そういう背景は、英語の四つの文字からは、伝わりません。
デミングは、checkという一語を見て、これは「食い止める」を意味する、だから違う、と判断した。 日本側が、その段階に込めた意味は、文字を越えて、彼には届かなかったのかもしれません。
込められた意味は消えて、構造だけが、海を渡った。 これは、PDCAの歴史の、いたるところで起きたことです。
一語の理解が、全体の向きを決める
ここまで来ると、もっと深いことが見えてきます。
Planという言葉を、考えてみてください。 私たちがプランと聞いて思い浮かべるのは、たとえば、旅行の計画ではないでしょうか。何時にどこへ行き、次にどこへ行く。最初から、やることが決まっている。プラン通りに動く。プランとは、決まったもの、動かさないもの、という響きがあります。
ところが、デミングのPlanは、違いました。 彼のPlanは、予測です。これをやれば、こうなるはず、という仮説。決めるものではなく、確かめるためのもの。試して、外れたら、見直す。むしろ、動かすことを、前提にしている。
同じPlanという文字で、片方は「決まった計画」、片方は「確かめるための予測」。 方向が、ほとんど逆を向いています。
この一語の違いが、サイクル全体の、向かう先を決めます。
Planを「決まった計画」と受け取れば、サイクルは、まっすぐゴールへ向かいます。決めた目標へ、ぶれずに、最短で。これは、品質管理には、最適でした。不良率を下げる、という決まったゴールに、寄り道せず向かう。三番目をCheck、つまり「届いたか、届かないかの判定」にしたのも、この一直線と、よく合っています。日本の製造業が、品質で世界の頂点に立ったのは、この一直線の強さでした。
Planを「予測」と受け取れば、サイクルは、まっすぐ進みません。予測を立て、試し、外れたら見直す。回るたびに、知識が増えていく。三番目をStudy、つまり「なぜそうなったかの研究」にしたのも、この円環と、よく合っています。ゴールへの最短ではなく、学び続けることへ向かう。
同じ Plan-Do-( )-Act という、ほとんど同じ形なのに、Planという一語、Checkという一語の理解の違いが、積み重なって、まったく違う二つのサイクルになった。
ひとつは、品質へ向かう、一直線。 もうひとつは、学習へ向かう、円環。
形が同じでも、一語に込めた意味が違えば、別のものになる。 構造を受け継いでも、意味を受け継がなければ、別物になるのです。
どちらが正しい、ではない
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。
PDCAが間違いで、PDSAが正しい、という話ではありません。 どちらにも、正しさはない。あるのは、使い道です。
日本のPDCAは、決めたゴールへ、まっすぐ向かう仕組みです。ひとつの答えに、ぶれずに進む。品質を上げる、不良を減らす、という、答えのはっきりした目的には、これ以上ない仕組みでした。
デミングのPDSAは、予測を広げ、学び続ける仕組みです。答えがまだ見えないものを、試しながら、想像しながら、知識を育てていく。
ひとつの答えを求めるのか。 それとも、まだ見ぬものを、想像し、学び続けるのか。 その違いです。
どちらを使っても、うまく使えば、良い方向へ導きます。 大事なのは、自分が今、どちらを使っているのか、何のために使っているのかを、分かっていることです。
残された問い
デミングが日本で示したのは、設計、生産、販売、研究、でした。Check は、ありませんでした。彼自身は、生涯、Studyを、学習のサイクルを、主張し続けました。
その Check のついた形、PDCA は、どこで生まれたのか。 そして、なぜデミングは、それを「自分のものではない」と言ったのか。
その背景に、興味を持たれたら、関連する記事も、覗いてみてください。
関連する記事
- PDCAという形は、誰が作ったのか(日本でのPDCA)
- なぜ、私たちは「人」にまでPDCAを当ててしまうのか(人に向けるという発想)
参考文献
- W. Edwards Deming, Out of the Crisis, MIT Press, 1986.
- W. Edwards Deming, The New Economics, MIT Press, 1993.
- Walter A. Shewhart, Statistical Method From the Viewpoint of Quality Control, 1939.
- Ronald D. Moen and Clifford L. Norman, “Circling Back: Clearing Up Myths About the Deming Cycle,” Quality Progress, November 2010.
- The W. Edwards Deming Institute(deming.org)
※ 本記事の事実関係は、デミング本人と直接交流のあったロナルド・モーエンらの論文、およびデミング協会の公開資料に基づく。Plan に予測を、Do に実験の意味を明確にした整理は、デミングの考えを継いだモーエンらによる後年の発展を含む。なお、デミングが「checkという一語から、込められた意味を受け取れなかったのかもしれない」という箇所は、筆者の解釈であり、デミング本人の内心を記録したものではない。