「うちの会社は、研修に力を入れています」
そう話す経営者の方に、何人もお会いしてきました。新人研修、管理職研修、DX研修、AI研修。日本企業の従業員1人あたりの教育研修費用は、2024年度実績で36,036円。4年連続で増えています(産労総合研究所「2025年度教育研修費用の実態調査」)。
お金は、ちゃんとかけているわけです。
それで、人は育っているのか。ここで一度、立ち止まって考えてみたいんです。
研修の効果は、ほとんど測られていません
研修の効果測定で世界的に使われている、カークパトリックの4段階評価モデルというものがあります。レベル1が受講者の満足度、レベル2が知識・スキルの理解度、レベル3が現場での行動変容、レベル4が組織の業績向上。この4段階で、研修が本当に効果を出したのかを測る、という考え方です。
では、日本企業は実際にどこまで測っているか。レベル1の満足度は、研修の77.2%で測定されています(雇用・能力開発機構の調査)。4分の3以上の研修が、終了直後のアンケートで「満足しましたか」「分かりやすかったですか」を聞いている。
ところが、レベル3の行動変容、レベル4の業績向上まで測っている研修は、ごくわずかです。HR総研の調査では、管理職研修を運営する企業のうち、「実施効果の測定ができていない」と答えた企業が38%。これが、運営課題の第1位でした。
研修を提供している側自身が、「効果が見えていない」と認めている。満足度アンケートで「良かった」と書いてもらえれば、その研修は成功扱いになります。でも、その人が研修のあとで実際に行動を変えたのか、業績が上がったのかは、見ていない。これが、日本の研修の実態です。
だから、切り分けられないんです
ここから、ひとつの疑いが出てきます。
研修で人が育ったのか。それとも、もともと育つ素地のある人が、研修をきっかけに伸びただけなのか。
「あの研修を受けて、彼はぐっと伸びた」と言われる人がいます。でも、その人が入社時にどんな素地を持っていたかは、外からは見えません。「研修のおかげで成果が出ました」と発表されても、その人がもともと伸びる人だった可能性は、否定できないんです。
研修の効果と、その人がもともと持っている地力。レベル3もレベル4も測っていないなら、この二つを切り分けることが、そもそもできません。
そして、測っていないあいだにも、現場では人が入れ替わっていきます。伸びなかった人は、3年以内に辞めていく(新規大卒就職者の3年以内離職率34.9%、厚生労働省2024年公表)。残るのは、伸びた人です。気づけば、社内には「育った人」だけが残っている。すると、研修が効いたように見えてくる。
これは、誰かが悪いという話ではありません。出発点が人によって違うことと、効果を測っていないという事情が重なると、こう見えてしまう、というだけのことです。
ただ、ここで終わると、「結局、もともとの素地で決まってしまう」という、寂しい結論になります。私が書きたいのは、その先です。
素地は、生まれつきのものではありません
「素地は、生まれつき決まっている」「もう大人だから、変えられない」。そう思っている人は、多いです。
でも、素地は、生まれつきのものではないんです。素地は、知識と経験から生まれます。
ここでいう知識は、ただ覚えていることではありません。分かった気になっていることでもない。知識とは、自分で理解して、自分の言葉で言えることです。
「○○の法則」「△△のフレームワーク」を覚えているだけの人は、知識を持っていません。「あの法則は、自分の言葉で言うと、こういうことだ」と説明できる人が、知識を持っています。そして、この力——理解して、自分の言葉にする力——は、あとからでも訓練で育てられます。
経験についても、順番があります。世間では「経験を積めば、考える力がつく」と言われます。だから若手を現場に放り込んで、たくさん経験させる。でも、考え方を訓練していない人が経験を積んでも、その経験から学べないんです。同じ現場にいても、何を見るか、何を感じるか、何を言葉にするかで、持ち帰るものがまるで違う。訓練のない人は、経験をただ通り過ぎるだけで終わります。
順番が、逆なんです。先に、考え方を訓練する。そうすれば、同じ経験から得られるものが変わる。経験が、素地を育てる栄養に変わっていきます。
これが、「もともとの素地で決まる」という話に対する、第三の答えです。地力のある人を集めるのでも、選ばれるのを待つのでもなく、素地そのものを育てる。この道は、まだほとんど語られていません。
大人のほうが、本当は難しい
ここで、思い出してほしいことがあります。
学校教育は、2020年から変わりました。子供たちは、自分で問いを立て、議論し、考える訓練を、9年かけて続けます。9年もかければ、考えることが身体に染み込みます。子供たちには、学校という仕組みが、ちゃんと用意されています。
では、大人はどうでしょうか。学校は、もう終わっています。仕組みは、ありません。毎日の業務に追われ、家庭もある。考え方の訓練に9年もかける時間は、ありません。
だから、大人のほうが、本当はずっと難しいんです。
「9年かける時間はない」と言って諦めるか。「9年かけられないなら、もっと意識的に、もっと能動的にやればいい」と考えるか。ここが、分かれ道です。子供のように仕組みに守られて自然に身につけることは、もうできない。だから、自分から動くしかありません。
私がやっていること
私は、自分の仕事を「自己認識対話進化メソッド」と呼んでいます。
自分が何を見ているか、何を感じているか、どんな意味で言葉を使っているかを、認識する。それを、対話を通じて言葉にしていく。一人では言葉にできなかったものを、対話の中で形にする。そうして、見えるものが変わり、発信が変わり、仕事が変わっていく。
何を認識するか、どこへ進んでいくかは、本人が決めることです。私は、その方法を渡すだけです。
そして、これははっきり書いておきます。私の講座を受けたら成果が出ます、とは言えません。人それぞれ、変わり方が違うからです。何を見出すかも、その人次第です。世間のコンサルが「誰でも成果が出ます」「ROI300%」「3ヶ月で人生が変わる」と謳うなかで、私はそれを言いません。言えないんです。嘘になるから。
最後に、ひとつだけ
ここまで読んで、「会社が悪い」「研修業者が悪い」と思った方がいるかもしれません。でも、人のせいにするのは、やめておきましょう。世の中の仕組みに文句をつけるのは、簡単です。けれど、自分のことは、自分のことです。気づいたのなら、これからです。
出典
- 産労総合研究所「2025年度(第49回)教育研修費用の実態調査」(2025年10月発表)
- 雇用・能力開発機構(JEED)「研修評価と効果測定の一般的な考え方と進め方」(カークパトリック4段階モデル日米比較データを含む)
- HR総研「人材育成『管理職研修』に関するアンケート」(管理職研修の運営課題)
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)」(2024年10月25日公表)
- カークパトリックの4段階評価モデル(Donald L. Kirkpatrick, 1959)