部下がミスの報告に来たとします。

「すみません、A社への納品で問題が起きまして……」

あなたは聞きます。

「いつ分かったの?」「どこで起きたの?」「誰が対応したの?」「何が原因?」「なぜ事前に確認しなかったの?」「で、どうやって対処するの?」

立て続けに、6つ。情報を漏れなく集めるための質問です。責めているつもりはありません。

ただ、聞かれている部下の側に、何が起きているかを考えたことはありますか。

事実を聞かれているのではなく、追及されていると感じています。

5つ目、6つ目あたりで、心が閉じ始めます。次から、その部下はミスを報告しなくなります。あるいは、表面化するまで黙っています。報告しても怒られるだけだと、学習するからです。

ミスが隠れた組織は、もっと大きなミスを生みます。


「結論から言え」「PDCAを回せ」「なぜ?」

部下や後輩との場面で、こんな言葉を使ったことはないでしょうか。

「結論から言うと、この企画には3つ問題がある」

「君の今期の目標は、これとこれ。Planを立てて、Doして、Checkして、Actで改善する。PDCAを回そう」

「なぜこのミスが起きた?」「なぜ確認しなかった?」「なぜ気づかなかった?」

どれも、ビジネスの世界で広く使われているフレームワークです。新人研修で教わった人もいれば、ビジネス書で読んだ人もいるでしょう。先輩の口癖だったという人もいるかもしれません。

便利な型です。情報は整理され、報告は分かりやすくなり、業務は改善されます。

ただ、一つだけ確認したいことがあります。

これらの型は、もともと何のために作られたのか、覚えていますか。


型は、何のために作られたか

5W1Hは、報道で事実を漏らさず伝えるための型です。1900年代初頭、ジャーナリズムの世界で広まりました。

「結論から言え」(PREP法)は、ビジネス文書を分かりやすく書くための型です。バーバラ・ミントが体系化した「ピラミッド原則」など、書面でのコミュニケーションを効率化するために発展してきました。

PDCAは、製造業の品質管理のための型です。1950年代に来日したエドワーズ・デミングの講演をもとに、日本の品質管理の現場で形になり、製造ラインの不良を減らすために使われてきました。

なぜなぜ分析は、トヨタ生産方式から生まれた手法です。機械が止まった原因を、5回の「なぜ」で構造的な真因にたどり着くために使われます。

どれも、目的を持って作られました。

報告書を分かりやすく書くための型。企画書を論理的に構成するための型。製造ラインの不良を減らすための型。業務プロセスを改善するための型。

どれも、書類やモノや仕組みや工程に対して使うために設計されています。

ここで、考えてみてほしいことがあります。

人に対して使うために作られた型は、一つもありません。

それなのに、これらの型は、いつのまにか人に向けて使われています。


一つだけ、具体的に見てみます

4つの型のうち、なぜなぜ分析を例に、人に向けたときに何が起きるかを見ます。

製造現場で、機械が止まったとします。なぜなぜ分析を使うと、こうなります。

「なぜ機械が止まった?」→ ヒューズが飛んだ。 「なぜヒューズが飛んだ?」→ モーターに過負荷がかかった。 「なぜ過負荷がかかった?」→ ベアリングの潤滑が不十分だった。 「なぜ潤滑が不十分だった?」→ 潤滑ポンプが汲み上げていなかった。 「なぜポンプが汲み上げていなかった?」→ ポンプの軸が磨耗していた。

5回の「なぜ」で、表面の事象から構造的な真因にたどり着いています。ヒューズを交換するだけでは再発します。ポンプの軸を直せば、根本から解決します。

見事な分析です。

ここで対象を確認してください。ヒューズ、モーター、ベアリング、ポンプ、軸。全てモノです。5回の「なぜ」のどこにも、人間は登場しません。

なぜなぜ分析は、原因を人に求めない構造になっています。これは偶然ではありません。トヨタ生産方式では、人を責めても問題は解決しない。仕組みを直せば再発しないという原則があります。だから対象はモノで、設備で、仕組みなのです。

では、この5回を、人に向けたらどうなるか。

「なぜこのミスが起きた?」「確認が不十分でした」 「なぜ確認が不十分だった?」「忙しくて時間が取れませんでした」 「なぜ時間が取れなかった?」「他の案件が立て込んでいて……」 「なぜ調整しなかった?」「…………」 「なぜ?」「意識が足りませんでした」

5回目で、部下はもう原因を考えていません。「どう答えれば、この質問が止まるか」を考えています。

「意識が足りませんでした」は、真因ではありません。この場が早く終わるための答えです。

原因を探すための手法が、原因から最も遠い答えを生み出している。

そして部下は学習します。問題を報告すると、5回の「なぜ」が始まる。であれば、問題は報告しない方がいい。自分で何とかするか、表面化するまで黙っていた方がいい。


どこかで見たことがありませんか

5W1Hを連続で投げる場面、「いつ?」「どこで?」「誰が?」「何を?」「なぜ?」「どうやって?」。

これ、テレビで見たことがあるはずです。

刑事ドラマの取調室です。

「いつだ?」「どこでやった?」「誰と一緒だった?」「何をした?」「なぜそうした?」「どうやってやった?」

5W1Hです。完璧な5W1Hです。

取調室の刑事は、容疑者から情報を引き出すためにこの構造を使います。相手が答えたくないことも、答えざるを得ない状況に追い込んで、6つの箱を埋めていく。

職場で部下に5W1Hで質問しているとき、構造として起きていることは、これと同じです。

もちろん、上司は刑事ではなく、部下は容疑者ではありません。ただ、立場の力関係が上から下にある状態で、6つの質問を連続で浴びせる構造は、取調室と職場で変わりません。


真面目な人ほど、嵌る

ここで、確認したいことがあります。

型を人に向けて使っている人は、悪い人でしょうか。

違うと、私は考えています。

むしろ、真面目に学んできた人ほど、これらの型を使っています。新人研修で「5W1Hで報告しなさい」と教わった。ビジネス書で「結論から言え」と学んだ。マネジメント研修で「PDCAを回せ」と仕込まれた。

学んだことを、現場で使う。これは、真面目な人の行動です。

問題は、型を使っている人ではありません。型が何のために作られたか、誰も教えていないことです。

新人研修で「5W1Hで報告しなさい」と教える時、「ただし、これは事実を聞き取るための型で、人を問い詰めるためのものではない」と一緒に教えている組織は、ほとんどありません。

「結論から言え」を教える時、「ただし、人が話している最中に投げると、相手を黙らせる凶器になる」と注釈をつける本は、ほとんどありません。

切り離されたまま、型だけが伝わっています。

そして、ここに、もう一段深い問題があります。

研修を受けた側は、研修の中身を、ほとんど覚えていません。

株式会社EdWorksが2023年4月に企業勤務のビジネスパーソン214名を対象に行った「企業研修に関する実態調査」では、これまで受けた研修の内容を「全く覚えていない」が26%、「あまり覚えていない」が53%。合わせて79%が、研修の内容を覚えていないと回答しています。

同じ社が同年9月に401名を対象に行った別の調査では、研修で学んだことを業務で「常に・たいてい活用できた」と答えた人は**31%**にとどまります。裏返せば、約7割は、活用できていません。

つまり、研修で型を学んだはずの人の大半が、その型が何のためのものか、いつ使うべきものか、いつ使ってはいけないものか、その背景を覚えていません。

残るのは、構造だけです。

「結論から言え」 「なぜを5回繰り返せ」 「PDCAを回せ」

こういう短いフレーズだけが、脳に残ります。

そして厄介なのは、それが「学んだこと」だという記憶すら薄れていくことです。何度も使ううちに、いつの間にか自分の言葉になっている。借り物だったことを忘れている。

自分の言葉だと思っているから、違和感がありません。違和感がないから、人に向けても止まれません。


受ける側も、知らない

そして、もう一つ。受ける側の話です。

部下や後輩も、同じ研修を受けてきています。同じビジネス書を読んでいることもあります。

ただ、79%が覚えていません。

つまり、部下も、自分が今されていることが何なのか、わかっていません。

「いつ?」「どこで?」「なぜ?」と聞かれて、苦しいけれど、それが「5W1H」という型を人に向けた結果だとは、気づきません。

「結論から言うと、3つ問題がある」と言われて、もう判決が出ていると感じるけれど、それが「PREP法」を人に向けた構造だとは、わかりません。

「PDCAを回せ」と言われて、管理されている感覚だけが残るけれど、それが品質管理の型を人に向けた結果だとは、結びつきません。

ただ、「正論を言われている」という感じだけが残ります。

怒鳴られているわけではない。指導されているだけ。教育的に話されているだけ。

抵抗できる根拠がないまま、徐々に削られていきます。

最初のうちは、「これはおかしい」と覚えています。違和感を持っています。ただ、長く浴び続けると、その違和感が「自分が弱いだけかもしれない」「自分が成長していないだけかもしれない」に変わっていきます。

そして、ある日、辞めます。


「ゆるくて辞める」の中身

近年、若手の早期離職が問題になっています。

厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(令和3年3月卒、2024年10月公表)によると、大卒新入社員の3年以内離職率は34.9%。約3人に1人が、3年以内に辞めています。

辞める理由として、よく挙げられるのは「人間関係」と「成長を感じられない」です。

ただ、「最近の若者は弱い」と片付ける前に、考えたいことがあります。

リクルートワークス研究所の古屋星斗氏が、日本労働研究雑誌2024年6月号で「ゆるくて辞める」という現象を指摘しています。厳しすぎて辞めるのではなく、緩すぎて成長実感が持てないから辞めるという現象です。

私はこの分析に、一つ視点を加えたいと考えています。

「ゆるく」見える環境の中で、実は型による問い詰めや管理が、見えにくい形で続いているのではないか、ということです。

ハラスメント研修が普及して、上司は怒鳴らなくなりました。表面的には、職場は穏やかになっています。

でも、「いつ?」「なぜ?」「結論から言って」「PDCAを回そう」という言葉は、減っていません。むしろ、教科書的に「正しい」とされているため、堂々と使われています。

これを浴び続けた若手は、「怒鳴られているわけではない」「正論を言われているだけ」と感じます。だから、怒りも持てません。ただ、徐々に疲れていきます。考えなくなります。動けなくなります。そして、ある日、辞めます。


道具は、対象を選ぶ

型そのものが悪いのではありません。型は便利な道具です。書類を整理する。プロセスを改善する。情報を漏れなく集める。

ただし、道具には、使う対象があります。

5W1Hは、事実に向けて使う道具です。 「結論から言え」は、文書に向けて使う道具です。 PDCAは、工程に向けて使う道具です。 なぜなぜ分析は、モノに向けて使う道具です。

人に向けて使うために作られた道具では、ない。

道具を、対象を間違えて使うと、何かが壊れます。

ネジ回しで釘を打とうとすれば、ネジ回しが壊れるか、釘が曲がります。

ビジネスの型を、人に向けて使うと、人が壊れます。

型を、人ではなく、事実や仕組みに向けて使うためのシートは、フレームワークシートの一覧にまとめています。


一文字、変えるだけで

ここからは、対案を一つだけ紹介します。

なぜなぜ分析を、人に対して使う場面で、どう変えるか。

「なぜ?」を「何があれば?」に変えます。

「なぜミスが起きた?」を「何があればミスを防げた?」に。 「なぜ確認しなかった?」を「何があれば確認できた?」に。 「なぜ気づかなかった?」を「何があれば気づけた?」に。

何が変わるか。

「なぜ?」は過去を掘ります。「何があれば?」は未来を描きます。

過去を掘れば、原因が出てきます。原因は人に向かいます。 未来を描けば、解決策が出てきます。解決策は仕組みに向かいます。

「なぜ?」に答えるのは、本人の過失です。 「何があれば?」に答えるのは、本人がこれから設計する仕組みです。

同じ5回の問いかけです。回数は変わっていません。

変わったのは、問いの方向です。過去から未来へ。人から仕組みへ。

そして「何があれば?」には、考える時間が許されます。「なぜ?」は今すぐ答えろという圧力ですが、「何があれば?」は「ちょっと考えてみてくれ」と言えます。

これは小さな変換ですが、対話の構造そのものが変わります。

ほかの3つの型(5W1H、PDCA、PREP法)にも、それぞれ対案があります。ただ、ここで全部書くと、本当に伝えたい一点が薄まります。残りは、書籍に譲ります。


明日から、何か一つ

この記事を読んで、「自分は型を使っていた」と思った方がいるかもしれません。

あるいは、「自分は型を使われて、しんどかった」と思った方もいるかもしれません。

どちらも、悪いことではないと、私は考えています。

型を使っていた人は、真面目に学んで、真面目に使ってきた人です。型を使われていた人は、その中で、自分なりに何かを感じ取ってきた人です。

ここから、何かを変えるとしたら、小さなことで構いません。

明日、部下がミスの報告に来た時。「なぜ」を3回続ける前に、まず「大丈夫?」と聞いてみる。

明日、後輩が長い話を持ってきた時。「結論から」と遮らずに、最後まで聞いてみる。

明日、目標設定の面談がある時。「PDCAを回せ」と言う前に、「最近、どう?」と聞いてみる。

その一手間が、相手を「対象」から「人」に戻します。

そして、自分の中にも、型を超えた何かが、少しずつ育っていきます。

便利な型は、便利な対象に使えばいい。

人には、人に向けた向き合い方を、自分の中で育てていく。

これが、優秀な部下を壊さない、たぶん唯一の方法だと、私は考えています。


さらに深く知りたい方へ

この記事で扱ったのは、4つの型(PDCA、5W1H、PREP法、なぜなぜ分析)のうち、なぜなぜ分析の一例だけです。

ほかの3つの型を人に向けたときに何が起きるか、それぞれにどんな対案があるかは、別の場所で詳しく書いています。

書籍では、4つの型それぞれの本来の対象、人に向けたときの構造的な問題、そして「PD”D”A」「1W」「ERPP」「何があれば?」という4つの対案を、対話の場面を再現しながら扱っています。

→ 書籍「学べば学ぶほど、真面目なリーダーが嵌る、人間を壊す信頼と実績のフレームワーク群」(全社員編)

管理職・リーダーの方であれば、ほかにも嵌りやすい型があります。SMARTの法則、KPI管理、SWOT分析、カークパトリック、コルブ、MECE、ロジックツリー、ECRSなど、16の型を扱った続編もあります。

→ 続編「管理職・リーダー編」(上下巻)

そして、型を正しく使うためには、自分の頭で考える力が必要です。AIが普及し、便利な道具が増えるほど、使う側の心が問われます。フレームワークを人に向けてしまうのと、AIに思考を委ねてしまうのは、構造が同じです。

考える力を育てる場として、講座を運営しています。

→ モノログ365アカデミー

学んだことを捨てる必要はありません。向きを確認するだけでいい。

モノに向ければ改善。人に向ければ破壊。人に向けるなら、変換。

その判断を、自分の中に持つことから、すべてが始まります。

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