あるメールのやり取りを見ました。

お客様が、ある会社のホームページから問い合わせをしていました。営業から、返信が届いていました。

「HPからのお問い合わせありがとうございます。弊社ではその内容はできません。また機会がありましたらお願いします」

これだけです。お客様は、困っているから問い合わせをしているのです。「できません」で終わられたら、何の解決にもなりません。

それでも、お客様は諦めずに、もう一度詳しく返信していました。「これがこれくらいで、こういう物です。だから、あなたの会社でできるスペックを教えてほしい」。困っているお客様が、できるだけ詳しく状況を伝えて、相手に協力をお願いしたメールです。

それに対する、営業からの返信を見て、目を疑いました。

「HPからのお問い合わせありがとうございます。私の会社はここまでの範囲できます。よろしくお願いします」

また、同じ書き出しでした。「HPからのお問い合わせありがとうございます」が、返信の返信に、また付いていました。内容は「ここまでの範囲できます」だけでした。最初の返信で、できる範囲を出していません。代わりの案もありません。お客様が二度目に詳しく書いてくれた内容を、読んだ様子もありません。

これは、AIで書かれているわけですらありません。AIを使えば、もう少し整った文章になります。これは、道具の問題ではなく、考えることを手放してしまっている問題です。

これは、特殊なミスではありません

この営業を個人攻撃したいわけではありません。なぜなら、これは、日本中で、毎日、繰り返されていることだからです。

日本ビジネスメール協会という団体が、2007年から18年連続で、ビジネスメールの実態調査を行っています。1,500人以上を対象にした、日本で唯一の継続調査です。

その調査の「仕事で受け取って不快に感じたメール」では、毎年、同じ種類の項目が上位に並びます。2023年の1位は「質問に答えていない」で42.88%、2024年の1位は「必要な情報が足りない」でした。どちらも、相手が求めていることに応えていないメールです。

つまり、あの営業のメールは、特殊な失敗ではありません。日本のビジネスメールで、よく起きている形です。

道具はあります。使えば、こうはなりません

ここで、AIの話に入ります。

AIを使えば、あの営業のメールは、こうはなりません。「ご質問の内容、承知いたしました。お客様の状況ですと、弊社で対応できるのは○○の範囲です。△△の部分は対応が難しいのですが、代替案として□□をご提案できます。もしよろしければ、もう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか」。これくらいの文章は、AIに下書きを書かせれば、5分もかかりません。

下手な営業が書いたメールが、平均的なところまで引き上がります。お客様に失礼にならない、最低ラインに到達できます。平均以下の人が、AIを使えば、平均的になります。これは、AIの正しい使い方の一つです。

しかし、日本ではAIがあまり使われていません

日本のAI個人利用率は、2024年度実績で26.7%です(総務省「令和7年版情報通信白書」)。前年の9.1%から3倍に拡大しましたが、それでも、他国と比較すると低いままです。米国は68.8%、ドイツは59.2%、中国は81.2%です。

業務での活用率も、低くなっています。マイクロソフトとLinkedInの国際調査によると、日本のナレッジワーカーのAI業務活用率は32%です。これは、調査対象19か国中で最下位です。世界平均は75%でした。

年代による差も、大きくなっています。NRC日本リサーチセンターの2025年6月調査によると、20代のAI利用率は42%、60代は19%です。2倍以上の差があります。中高年ほど、使っていません。

使わない理由は「使い方がわからない」

ここからが、本題です。

日本のAIを使わない理由の第1位は、「使い方がわからない」で、4割を超えます。第2位は、「生活に必要ない」(4割近く)で、この割合は、比べた国の中で日本が最も高くなっています。

「使い方がわからない」と言う人は、こう言っているのと同じです。「使い方を教えてもらえれば、使う」。つまり、誰かに教えてもらわないと、自分では試してみない。そういう人が、少なくないということです。

子供たちにも、同じ構造が現れています

OECDの2022年国際学習到達度調査(PISA)で、日本はOECD加盟37か国中、数学的リテラシー1位、読解力2位、科学的リテラシー1位という結果を出しました。学校教育は、確実に効果を出しています。

しかし、同じ調査で、もう一つのデータが出ています。国立教育政策研究所の分析によれば、日本の子供たちの「自律学習と自己効力感」の指標は、OECD加盟37か国中34位でした。世界トップレベルの学力を持ちながら、「自分で考えて、自分で動く自信」は、下位にとどまっています。

これは、子供たちが悪いわけではありません。日本の社会全体に見られる形です。「教えてもらえばできる」「学習環境は手厚い」「ただし、自分で動く自信はない」。子供にも、大人にも、同じ構造で現れています。

道具の良し悪しではなく、使い手の問題です

AIは、すでに世の中にある道具です。良いか悪いかを議論する段階ではありません。問われているのは、使い手です。

ここで、誤解されないように、はっきり言います。「AIを使えばいい」という単純な話ではありません。

AIに考えさせて、出てきたものをそのままコピペで送る人は、AIを使う前から、すでに「AIに使われる側」にいます。自分で考えていないからです。

AIを使うということは、考えることを放棄することではありません。考える部分は、自分でやります。そこを時短してはいけません。AIに任せていいのは、考えた後の整形です。様式を整える、表現を丁寧にする、誤字を直す。ここは、時短していい部分です。

つまり、こういうことです。考えることは時短せず、そのうえでAIを使ってください。考える時間は、時短してはいけません。整える時間は、時短してかまいません。

私自身の使い方

私自身、メールを書くとき、AIを使う時もあれば、使わない時もあります。ケースバイケースです。

決まっているのは、最初に下書きを書く、ということです。自分の頭で、何を伝えるかを書く。相手の求めている内容と合っているか、確かめる。内容に間違いがないか、確かめる。その後、必要に応じてAIを使います。様式を整える、丁寧な表現に直す。あるいは、下書きをそのまま送ることもあります。

下書きをAIに書かせることは、ありません。下書きは、自分で書きます。「相手のことを考えて、内容を確かめる」部分は、自分の頭でやる。これだけは、時短してはいけません。

あの営業のメールには、これがありませんでした。下書きを書いた様子も、相手の状況を考えた様子も、内容を確かめた様子もありません。定型文を貼り付けて、そのまま送っています。これは、AIを使う前の問題です。

AIは、知識のある人ほど役に立ちます

ここで、もう一つ大事な話をします。

「AIを使えば、誰でも同じ品質のものが作れる」わけではありません。知識のある人ほど、AIをうまく使います。知らないことは、聞きようがないからです。

何を聞けばいいかが分からなければ、AIに的確な問いを投げることは難しくなります。AIが出した答えが正しいかどうかも、見分けにくくなります。知識のある人は、自分が何を知らないかを知っています。だから、AIに的確に問い、出た答えを見極めることができます。

「自分はベテランだから、AIなんか使わなくても書ける」と思っている人。「もう歳だから、AIは難しい」と思っている人。どちらも、自分が何を知らないかに、まだ気づいていないだけかもしれません。

便利な道具は、使ったほうがよいと考えています。プライドや年齢を理由に使わずにいると、気づかないうちに、お客様に届くメールの質を下げてしまいます。

あのメールが見せてくれたもの

あの営業のメールに、戻ります。私は、あの営業を批判するために、この記事を書いているのではありません。あの営業は、日本の多くの職場に見られる形を、分かりやすく見せてくれただけです。

誰かに教えてもらった定型文を、そのまま送る。自分で試さず、お客様の状況にも合わせない。便利な道具があっても、使い方を教えてもらえるまでは、使わない。

相手の質問に答えていないメールが、毎年のように不快なメールの上位に入るのも、AIの業務での活用率が19か国中最下位で、使わない理由の1位が「使い方がわからない」なのも、PISAで世界トップの学力なのに自律学習の自信が34位なのも、根は同じだと考えています。「誰かに教えてもらわないと動けない」。日本のいくつもの数字が、そろってそれを示しています。

教えてもらうのを待たずに

学校で9年「自分で考える訓練」を積んだ世代が、これから毎年、会社に入ってきます。そのとき、迎える会社の側が「教えてもらわないと動けない」ままでは、その力を受け止めきれません。

道具は、使う人しだいです。その使い方は、誰かに教えてもらうものではなく、自分で試して、自分で考えて、自分で決めていくものだと、私は考えています。

出典

  • 一般社団法人日本ビジネスメール協会「ビジネスメール実態調査2023」(2023年6月発表、有効回答1,634)
  • 一般社団法人日本ビジネスメール協会「ビジネスメール実態調査2024」(2024年6月発表、有効回答1,498)
  • 総務省「令和7年版 情報通信白書」(2025年7月発表)
  • マイクロソフト×LinkedIn「Work Trend Index」(国際ナレッジワーカー調査、19か国比較)
  • NRC日本リサーチセンター「デイリートラッキング 生成AI 2025年6月調査」
  • OECD PISA 2022調査結果/国立教育政策研究所

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